『繁ちやん、それアお前(め)も一緒に從(つ)いち行きね。行(い)た方がいゝが、……土産物(みやげもん)どん貰(もろ)ちよつたちつまらん。それア行たほがよつぽづいゝが……』 これを聞くと、わたしは愕然としました。まつたく喫驚(びつくり)しました。今まで全然氣のつかなかつた一大事を、いま突然教へられたやうな驚きであつたのです。忽ち胸はどきどきとしだしましたが、それもすぐ納りました。 『でも、試驗があるぢアねエけ』 『試驗どま、どうでむいゝが、お前はゆう[#「ゆう」に傍点](能く[#「能く」に傍点]の意)出來なるとぢアかに、先生が落第やさせならんが』 これを聞くと、わたしの胸はまたどき/\とし始めました。 汽船は今は全く岬を離れて、丁度眞向ひの沖の深い/\霞のなかに、その煙を靡かせてゐました。沖あひ遙かに通つてゐるこの汽船の姿は未知の世界に對する子供の憧憬心をそゝるに全く適當してゐました。が、わたしはその時のことを思ひ出すと、どうしたものか汽船そのものより、汽船を包んでゐた霞のことが先づ頭に浮びます。